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____広島を選んだ理由
平和を思う気持ちが強かったのでもなく
戦争への悲惨さを嘆きたいのでもありません
今 大学受験中の娘が 高校二年生の夏に出向いた修学旅行
それは 京都・吉備路でした
その行程の中に 『 広島 』 もありました
中学の時の修学旅行が 東北の農家にホームステイに似た形の農業体験を経験して
非常に感動をして帰って来たので 高校での観光に近い修学旅行で
彼女は何を得てくるのだろうか・・・そう思っていました
これから 将来の目標なかったけど・・・
今回の修学旅行で自分がしたいことが 見えてきた気がする。。。
平和記念公園に すごく感銘を受けた
人を感動させる建物を造れたら いいだろうな〜〜って 真剣に思った
これから・・・その勉強をしたい
彼女が感銘を受けたのは
原爆死没慰霊碑から見えるの景色の先に すっぽりを納められた平和記念資料館
その計算された構図に 彼女なりに感動をしたようでした
広島平和都市記念碑
設計した 東京大学教授(当時)・丹下健三氏は1946年74年まで東大で教鞭をとり、「丹下研究室」をつくる。大谷幸夫、浅田孝、沖種郎、槇文彦、神谷宏治、磯崎新、黒川紀章、谷口吉生ら多くの優れた人材が、そこに集まっては巣立っていった。プロフィール
彼女の感銘したという構築物を 一度 見てみたいと そのとき ぼんやり感じました
広島に出向いて 彼女と同じ目線で そのモニュメントを覗き込むと
平和記念資料館が見えました
設計者の気持ち そこに眠る原爆で亡くなった人々の無念さや遺族の苦しみ
そして 平和な世の中に生まれ育った 娘と私
それぞれの時代の背景も異なるのに
『 感動 』 『 感銘 』 と言うものは 湧き上がって来る
今月 娘の受験の火蓋は切って落とされます
第一志望は 『 環境建設 』 です
彼女の意志は成就するのでしょうか・・・?
若木はこれからどんな枝葉をつけていくのだろう・・・とっても 楽しみです
折れやすい彼女の将来であっても たくましく育って欲しいと願っています
_________________________y.k
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